台詞と台詞の間に。

よくお芝居をしていると…「サブテキスト」という言葉を聞きます。一体サブテキストとは何なのでしょうか。 行間を読むとも言いますし、行間を創るとも言ったりします。一体サブテキストとはなんなのでしょうか。

 

サブテキストとは…

台本には色々な事が書いてあります。

登場人物の台詞はもちろん、ト書きの中には登場人物の行動や心理状態、物語の時代や舞台設定なども書いてあります。しかしながら、台本には全てが書いてるわけではありません。

物語が始まって終わるまで登場人物の一挙手一投足が書いてるわけではないのです。

しかし、舞台上で登場人物は常に’何かをして’生きています。つまり、俳優は台本に書いていない事も創る必要があるわけです。その書いていないことを自分で想像して創造していく、これの元になるのがサブテキストです。

 

芸術に答えはない

ぼくは「芸術に答えない」と考えています。これは…例えば同じ物語を10人のお客様がご覧になったとして…その10人のお客様が100%、欠けることなくご満足されるという事はない、と言う意味です。

もちろん、お芝居にはセオリーはもちろんありますし、より多くの人が納得し、満足する事も当然あります。しかし、それでもそれは答えではないとぼくは考えています。この「芸術に答えない」という話はまた別の機会にするとして…今回の「サブテキストを読み込む目的」というのは…この答えに少しでも近づく為の謂わばヒントです。

先ほどの例でお客様が100%満足しないまでも、役者(演出も)がお客様に自分たちの姿を見てもらって、より多くの納得を得るにはどうしたら良いか。
より多くの説得を得る為にサブテキストを読み込む、創ることは欠かせない行為です。

 

源泉はイメージ

演技は…色々な技術・技法はもちろんありますが…源は役者さんがイメージする事です。イメージしたことが台詞となり、動きとなってくるのです。つまり、このイメージがぼんやりしていたらぼんやりとした演技に、詳細であれば…生き生きとした演技になってきます。

つまりこのイメージを膨らませるために、サブテキストを読み込む、時には創るのです。イメージを詳細にするために、ト書きには書いていないこと、台詞には書いていないことを読み込む必要があるのです。

 

サブテキストはどこに?!

では一体どうやってサブテキストを作っていければいいのか。 詳しい創り方はまた別の記事で書きたいと思いますが…サブテキストの創り方、読み方の根幹は…「台詞」と「台詞」の間、「台詞」と「ト書き」の間、「ト書き」と「ト書き」の間を補完する、補うことにあります。

最初にも書きましたが…役は舞台上で生きています。ですので常に舞台上で何かをしています。しかし、その役の一挙手一投足を台本に書いていたら膨大な量になってしまいます。ですのでその書いていない部分を補うわけです。

例えば相手役の台詞を聞いている時の自分の役の表情、動作、息づかい・・・次の自分の台詞を喋る前の動作・表情など…台本に書いていない情報を台本から読み込むこと、これがサブテキストの基本だとぼくは考えています。


何を思い立ったか役作りの話

どーも、稲木です

『王女メディア』の公演まで1ヶ月を切り、残りの稽古も数えるほどになってきました!

さすがにこれだけやっていると、イアソンのこともアイゲウスのことも、かなり深く理解出来てきたと思います( ・ ω ・ )

この段階に至るまで、何度も試行錯誤を重ね、取捨選択をしてきました

これは個人的な考えなのですが、役というのは生まれると同時に殺されているんだと思っています

1つのシーンで何か1つ試す度に、新たな役が生まれます
その新たな役が古い役を殺し、その場に居座る感じです
仮に誰かに「前の方が良かった」と言われても、それは前の役ではなく、新たな役だと思うんです

新たな役は古い役を殺すわけですから、そこには罪の意識が無くては困ります
この場合の罪の意識とは、役に対する責任です
古い役が生きたであろう役としての人生を、新たな役が生きるんですから

そうやって何代も何台も繋いでいった結果、出来上がった屍の山に立っているのが、今の役です

まだまだ求められている高さには足りないのかも知れません
ですが、必ず間に合わせます!
そうでもしないと、死んでいった役に申し訳がないので(´・ω・`)

殺すという表現が受け入れづらい人は、役を壊すと認識してもらえると理解しやすいかと思います

急に何だよって?
特に意味は無いです!


100円って大事。ぼくらの演技には100円の価値もない?!

時給985円

今の東京の最低賃金が時間あたり985円だそうです。1時間働けば時給985円は保証されるということです。この記事でこの最低賃金が云々と書くつもりはありません。

ぼくらのような劇団が公演をしてお客様から木戸銭を頂戴し…それをすべて足し、かかった費用を引き、いわゆる利益をスタッフ・出演者で均等に分けたとします。稽古時間などを考えると、この最低賃金には届きません。それどころか時給にしたら100円に満たないかもしれません。

だったらバイトしていた方が稼げます。同じ時間を使うのだったとしたら、アルバイトや違う仕事をしていた方が稼げます。
であれば・・・何故、ぼくらはお芝居をしていくのか。作品を上演していくのか。これはまた別の機会に書きたいと思いますが…目的があります。お芝居をやっている目的があるのです。
もちろん、お金は大事ですし、大切です。
しかし、お芝居にはお金以外の目的があるのです。そう…生きる目的といいますか…

 

100円の価値

今回の記事は…果たしてぼくたちのお芝居は「100円」の価値があるのか、という事を考えてみたいと思います。

お金をもらうということは非常に労力が発生することです。アルバイトなどでもそうだと思いますが、仕事が終わった後には(爽快、爽快でないに関わらず)心身共に疲れていることが多いと思います。

お芝居も同じです。仕事として捉えたら、アルバイト後のような疲れを感じないとおかしいのです。

もし、公演や稽古が終わって、疲れていなければ…それは全力を尽くして取り組んでいたのかと考えてしまいます。

お金を得るというのは大変なパワーがいることです。ですので、お芝居をしていてもそれだけの、それ以上のパワーを使っていくことが必要ですし、そうしないと稼げません。

万一、パワーを使わずに…何かのきっかけでお金を得たとしても、それは運がよかっただけなのかもしれません。

あくまで私見ですが労働は貴重なものであり、職業に貴賎はありません。お芝居を仕事として生業にしていくのなら、アルバイトと同じように覚えること、作りこむこと、技術を研くこと、発見すること、挑戦すること、学習することはあたりまえのようにありますし、更には、傷つくこと、ストレス・・・時には叱られる時もあるでしょうし・・・お客様にほめていただくこともあれば、不条理なことも、理不尽なこともあるでしょう。

こういう事がなどをすべてを乗り越えてこそ、対価が得られるものだと思います。楽しさも辛さも大変さも、演劇や演技の仕事だから少ないということはありません。お金をもらう為には辛いことも苦しいこともその先の達成感も全てを受け入れなければいけません。

お金を得ることは非常に貴重で大変なことであります。果たして、自分たちのお芝居はお金をもらうに値するのか…全力を尽くして取り組んでいるのかは…最低でもこれはクリアしなければ、お金はもらえません。

ぼくらのお芝居は・・・100円の価値がありますでしょうか。
ぼくらのお芝居は100円以上頂けると自負して、稽古に励んでいます。
そうでなければ…お客様に観ていただこうとは思えないと考えます。

そして、ぼくは舞台演出に、制作に、今回は出演に、総てにおいて全力を尽くして挑んでおります。
しかし、ぼくもサボりがちな人間ですから…「ぼくはお金をいただけるのか」と自問しながら取り組んでおります!

今回の王女メディア。
是非、御覧ください!!!
王女メディアは2月16日から!
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【王女メディア出演者紹介】イアソン役 稲木晃浩

西村とダブルキャストでイアソンを演じます、稲木晃浩です。

 

王女メディアとの出会い

冒険を続け、コルキスにたどり着いたイアソンは、早速黄金羊毛を探し始めます。その在処を知っているコルキス王アイエテスは、イアソンに金羊毛皮を最初から渡すつもりはなく、逆に罠にはめようと画策します。彼はイアソンに「アレース(オリュンポス十二神の一柱である)の持っている火を吐く牡牛を駆って土地を耕し、そこに竜の歯をまくように。」と言いました。この時のイアソンにアイエテスの娘メディアは一目惚れしました。彼女は魔法を操ることができました。メディアの恋心は、女神ヘラの要請によってアプロディテが吹き込んだ偽りのものだとされています。メディアは密かにイアソンと会い、自らの結婚を条件に父を裏切ってイアソンを助ける約束をします。メディアはイアソンの体に炎でも剣でも傷つかないという魔法をかけ、アイエテスの言いつけ通り、イアソンは牡牛を従わせることに成功しました。さらにメディアはイアソンを黄金羊毛のある場所に案内し、見張りの竜を魔法で眠せます。こうしてイアソンはメディアの協力のもと、目的の黄金羊毛を手に入れたのでした。

 

メディアへの思い

稲木は西村と同様、2017年に新和座に入団いたしました。
彼は、学生の時から芝居に親しんできました。新和座に入団をきめたきっかけも「ロミオとジュリエット」を観て、石井に憧れたからと聞いております。
そんな彼が新和座での古典に初挑戦です。

彼もまた、「その役として舞台上で生きる」為に試行錯誤しております。
心情の吐露を実現すべく、稽古に邁進しております。
彼が表現する、イアソンの思い、メディアへの気持ち、思い…どうか劇場にて御覧ください!!!

稲木は常に全力で役に向かっています。
西村と共に次代の新和座を担う彼らをどうか劇場にて御覧ください!!!
2月16日、17日、是非、中板橋新生館スタジオへお運びのほどお願い申し上げます!

 

王女メディアは2月16日から!
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【王女メディア出演者紹介】イアソン役 西村公佑

イオルコスの王子

イアソンはギリシャにある、イオルコスの王アイソンの子でした。
しかし、イアソンが幼くして、アイソンが死んだため、叔父(アイソンの弟)に当たるペリアスが王位を継ぎました。
イアソンはケンタウロス(ギリシャ神話に出てくる半人半馬の怪物)の賢者ケイロンに預けられます。女神ヘラ(結婚と母性、貞節を司るギリシャ神話の女神)の加護がこのころからイアソンにはあったといいます。
やがて成人したイアソンはイオルコスに戻って、叔父ペリアスに王位の返還を求めますが、王位を返還したくないペリアスは一つの条件を出したと言います。
これが後にメディアと出会う契機となる、「コルキスにある黄金羊毛の奪取」なのです。ちなみにこのイアソンの王位返還要求以前にペリアスはとある神託を受けていました。それは「サンダルを片足だけ履いたものに王位が奪われるであろう」というものでした。
まさにこの時のイアソンはサンダルを片方しか履いていませんでした。
どうしても王位を返還したくないペリアスはとんでもない条件をつきつけたんですね。。。。いまで言うと・・・きっと都市伝説レベルのことを実現するように要求したのでしょうか・・・

 

今回、イアソンを演じるのは…


今回、このイアソンを演じるのは、西村公佑と稲木晃浩です。
この二人がアイゲウスとダブルキャストで演じます。

西村は、2017年に新和座に入団以来、自分の役に真摯に向かい合ってきました。
そして、今回、この「ネクストチャレンジシアター」にて、物語の根幹を担う役にチャレンジします。
西村はこのイアソンのような役を演じるのは初めてであると思います。
だからこそ、彼の純粋なイメージがイアソンをどう生かすか・・・ご期待いただきたい点の一つです。

西村も稽古を行う度に進化しています。
イアソンがイアソンとして、舞台上で生きている、そんな思いを感じさせてきます。
まだまだ芝居が荒いところはもちろんあります。
しかし、彼が真摯に向かっている「イアソン」、そして、メディアに相対する姿勢、関係性を劇場にて御覧ください♪

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公と私と。

どんな人でも…

どんな人間でも”公”の部分と”私”の部分があると考えています。
会社だったり、バイト先だったり、家族であったり…
自分以外の人間と接するとき、いろいろな”公”を背負う場合があります。

よくぼくは「武藤さん」と呼ばれますが…細かく考えると、個人では呼ばれていないような気がします。
個人で呼ばれるとすれば、「武藤賀洋」さんがより個人っぽいですし、もっと正確に申せば、
「○○市××区△△町の武藤賀洋」が個人を指すと思っています。

ちょっとそれてしまいましたが、、、、
仕事でもそういう時があります。
「武藤さん」ではなく、「新和座さん」と呼ばれることがあります。

 

公と私と

こう考えると、誰でも個人としてと、公(組織)としての立場を持っている気がします。

この個人の思いや行動と”公”の意思・行動というのは必ずしも一致しない場合がまま、あります。

その時、僕は辛抱できるのか。
その時、僕は壊れずにいられるのか。
その時、僕は本当に僕を出さずにいられるのか。
はたまた、我を出してしまって、全てを破壊するのだろうか。

お芝居を作る時もそうです。
ぼくの我が出てしまいすぎやしないか。
しかし、ぼくの思いがでなければ、それはぼくの作品ではないとも思います。
こうした二律背反を抱えながら…稽古は進んでいくものだと思っています。

どちらがどう、というわけではなく。
公と私と。

ぼくはこう見えて、なるべく「私」の部分を消そうと頑張っています。
しかし、完全に消すことはできません。

クレオン王を演じていもそうです。
どこか、「私」の部分が出てしまいます。
しかし、クレオンと作品としての王女メディア、新和座という色々な要素が加わった時、ぼくの「私」の部分だけでは作れないのも事実なわけです。

こうした矛盾するようなふたつを抱えて、ぼくは・・・ぼくらは作品を作り続けていくのだと考えています。

 

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【王女メディア出演者紹介】メディア役 いとうともえ

太陽の神の孫

今回は「王女メディア」の主人公、メディアについてです。
メディアはメーデイアとも言い、ギリシア神話に登場するコルキスの王アイエテスとアステロディアーの娘で、太陽の神ヘリオスの孫です。女神ヘカテの魔術でイアソンのアルゴナウタイの冒険を成功に導きました。

 

メディアの思い

メディアは神話でもこの「王女メディア」の物語でも、いわゆる酷いことをたくさんします。弟を殺したり、イアソンの叔父ペリアスの娘に父親を殺させたりします。
しかし、これは全てはイアソンの為。イアソンの為にこうした悪事にも手を染めたのです。

もちろん、個人的にはこうした方法が良いとは思えませんし、現代では通じる方法ではないと思います。
しかしながら…こうした思い、”思いを寄せるものの為なら、手段は選ばない”ということは非常に理解できます。

こうした総てを注いだイアソンがメディアとの結婚の誓いを破棄してクレオン王の娘グラウケーと結婚しようとしてしまいます。
これにメディアは…

 

メディアに挑戦するのはいとうともえです。

このメディアに挑戦するのは、座長いとうともえです。

普段のいとうは、本人が発する声、雰囲気から「癒やし」の人と言われています。ふんわりボイスに物腰の柔らかさ、そして、徳の高さ。座員が慕っております。
そんな彼女が…正反対の・・・この狂った女、「メディア」を演じます。

おそらく色々と苦労していることがあると思います。
しかしながら、稽古を進めていく度に「王女メディア」が産まれてきています。

今までに、誰もやったことのないメディア。これが今、産まれつつあります。
新しいメディア。是非、劇場にて御覧ください!!!

 

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