あいまいさの解消

演技や表現といったモノにはデジタル的な評価が付けにくいと思います。
何故ならば答えがありませんし、評価や感想は人によってまちまちでその全てを満足させることは不可能なんじゃないかなと考えています。

しかしながら、それらを発する人間が表現のもと(例えば脚本など)を曖昧に捉えていたら、表現されるものはもっと曖昧になってしまいます。

例えば…
「私は26歳です。」
これは日本語として、広く多くの人に通じると思います。

この文の違う言い方を考えた時に
「私の年齢は26歳です。」
ということもできるかと思います。

同時にもっと、この文を分解してみると
「私の年齢の値は26です。」
というようになんとも味気ない表現の文字列になってしまいます。

しかしながら、我々の脳は「私は26歳です。」と聞くと”この人間は生まれてから26年立つのだ”だとか”この人間の年齢の値は「26」である”という風に無意識に捉えていると思います。

つまりよりどころとなる脚本を熟読し、言葉一つ一つの意味を理解し、かつ、曖昧さを回避していくと、そこに隠れているサブテキストが現れてくると考えています。
省略されている言葉を補完し、鮮明にイメージすることも大切です。

と同時に解析するのに賢明になりすぎ、表現が味気ないものになってしまっては意味がないと思います。曖昧さを求めるためにあいまいさを解消する、こうした矛盾をはらむ作業も私達の仕事だと考えています。


平成31年3月10日のお稽古☆自分だけがお芝居しているわけではない。

ベーシックな稽古へ

王女メディアも無事に幕をおろし、新和座は次の公演の稽古がはじまるまで、ベーシックな稽古が続きます。
このベーシックな稽古。日本語で言えば基礎稽古です。
しかし!
基礎稽古はイージーな稽古ではなく、あくまでベーシックな稽古だと考えています。

つまり、易しい、安易な稽古ではなく、
台本稽古につながる、’基礎’の稽古という捉え方を我々はしております。

 

相手を見て、聞く

お芝居をやっている方にとっては当たり前かもしれませんが・・・
お芝居では自分がしゃべり、相手がしゃべることで成り立ちます。

しかしながら・・・ここで想像してみますと・・・「相手の台詞を聞かなかったら」どうでしょうか。
台本上では物語はどんどん進んで行きます。
その間に相手役も喋っています。この喋っている内容を聞いていないとしたら、どんなに’決められた台詞’だったとしても・・・空虚なやり取りにお客様には見えてしまいます。
台本上では「やり取り」は成立しているかもしれませんが・・・
相手の台詞に反応しなければ、「その役」として舞台上で生きることができないと考えています。

相手の台詞のいい終わりだけでなく、すべての台詞に反応する。
息を吸う、息を吐く、息を止める、凝視する、目をそむける、目をつぶる、目をあけるなどなど・・・
相手の台詞に対するリアクションはたくさんあります。
相手の台詞に反応するからこそ、自分の台詞が初めて喋ることができるのだと考えております。

 

待っているだけでは駄目で。

こうしたいわゆる「リアクション」はじつは待っているだけではできません。
率先して聞き、反応していかなければできません。
耳を傾け、よく聞き、「自分の役としてのリアクション」を創ることがお芝居をする一歩です。
もちろん自分だけがお芝居をしているわけではありません。
こうしたリアクション、自分のアクションを繰り返すからこそ、生きた人間関係となってくるのだと考えています。

 

再度確認し・・・

今回の稽古では再度こうしたことを確認し、稽古を行いました。
座員一人ひとりが何か感ずるものがあったようです☆

そして・・・
この日は西村の誕生日でした!

稽古終わりは・・・

お芝居見に行ったり・・・

ライブを見に行ったりしました☆

次の稽古も基礎稽古の予定です♪


見て盗み、やって覚える

言われてないこと?!

私が行うワークショップだったり、講座を担当している生徒さんだったり・・・お芝居を始められたばかりの方から聞くことで
「おや?」
と思うことがあります。

それは…
「それは先生に教えてもらわかなったから」
とか
「ここは演出の先生が言っていなかったので考えていない」
とか…
こういうことを耳にする時です。

盗むということ。

どんな仕事でもそうだと思いますが、『これで全て』ということはありません。
もちろん、学校や養成所では限られた時間、練られたカリキュラムの中で制限いっぱいの内容であることは間違いないと思いますが…それでも”全て”ではないのです。

どんな仕事でも先生や先輩のやっていることを見て盗み、真似て…
やってみて、そしてそれを感じ、自分で手放しで出来た時に初めて理解したことになると思います。

この”見て盗む”というのは本当に学ぶ姿勢がないとできないことだと思います。
真摯な姿勢はもちろん、レッスンやお稽古中に全ての意識・神経を――― 一瞬だけでも ―――集中させて、先輩や同期、後輩や先生を見て、自分とどこが違うか感じ考え、とにかく真似てみる。
なかなか簡単なようで難しい事です。
見る、認識する、真似る。言葉で書くと簡単なようですが、そうではないのです。
ただ見るだけではなく、仕草や筋肉の動き、喋り方などなど自分と違うところをよく見る。
その違いをどう違うのか認識する。
そして、それを真似てみる。
…まずこの”よく見る”というところを意識すると”盗む”につながると思います。

見て盗み、やって覚える。
どんな仕事でも必要な姿勢だと思いますが、ことお芝居に関しては必要不可欠な行動だと私は考えています。


片付けも最初の一歩から。

夜遅く帰った日に…

夜遅く帰った日に…部屋の中にカバンを置き、台本を出し、持っていった機材を出す。
一日に使ったものを総て部屋の中に出す。

部屋が散らかります。
朝出た時とはまったく違った風景。

この散らかったままで寝てしまうこともできます。
しかし、片付けると「次使う時、スムーズに使える、整理整頓ができている」という素晴らしい事が待っています。
・・・めんどくさい。

このまま片付けないか・・・片付けるか・・・

片付けはじめると、時間はあっという間です。
単にぼくがものぐさで、面倒くさいから片付けない、片付けたくないという思いが出てきたのでしょうが…とっちらかった部屋も、最初の一つを片付けると・・・次へ次へと片付けが進みます。
最初面倒くさかったのが・・・思い込んでいたよりも早く片付きました。

最初の一歩、スタートさえできれば、どんどん進むのではないか、と感じました。

 

お芝居も

お芝居も…公演時には非常に大きな作品になります。どんな作品でも。
そして、その大きな作品は…自分ひとりでは作れないものです。

一人の第一歩、はじめがあり、
出演者、スタッフの分、そのはじめの一歩があります。

大きな事もいきなりできるわけではありません。
一人の第一歩が集まって・・・一つ一つ積み重なっていき…大きな事ができていくものだと感じています。

王女メディアも
座長以下出演者、スタッフが最初の第一歩を踏み出し、あるき続け、作り続けたからこそ、公演を迎える事ができます。
もちろん、途中「面倒だ」と思うこともあったかもしれません。
しかし、誰一人として「面倒だ」と投げ出さないからこそ、大きな作品が成就するのだと考えています。

はてさて。
ぼくらの第一歩、一歩一歩があつまった「王女メディア」。
どのような物語になっておりますでしょうか、是非、劇場にてご覧いただければと存じます☆
公演の詳細はこちらを御覧ください♪
皆様のご来場、心よりお待ち申し上げております!


観に来ていただきたい気持ちがどんどんあがってきております!

観に来ていただきたい気持ちが…

今までの作品ももちろんそうですが…
公演まで1ヶ月を切りますと・・・どんどん…観に来ていただきたい気持ちが増して参ります。

前回の記事でも座長のいとうのツィートを紹介いたしましたが…座長以下出演者・スタッフ一同、どんどんアツくなっております!
不肖武藤、出演するから、というのももちろんありますが・・・今回の「王女メディア」、是非、皆様にご覧いただきたいのです!

ぼくらが今まで作ってきた「王女メディア」とはひと味もふた味も違っています。
改めて思うのが・・・古典作品というのは日々変化していくんだな、ということです。
古典の世界がぼくらによって日々変わっていくような感覚があります。非常におこがましい書き方ですが…

こうした変化してく作品はやはり生きていると思います。
昨日よりも今日。今日よりも明日。
同じことをしているようで、少しずつ少しずつ変化していく。
その変化は小さいかもしれませんが…確実に変わっていく。

その変化は気づきにくいかもしれません。
しかし、その変化に気付くことで…次回の稽古がまた変化すると感じます。

どんどん変化していく「王女メディア」の世界。
ぜひぜひ、ご覧いただきたいのです!!!
ご来場、ご検討よろしくお願いいたします☆
公演の詳細は、こちらからご覧ください♪♪


平成31年1月27日のお稽古☆通し!通し!通し!

盛りだくさんの稽古日

公演まで1ヶ月を切りますと…新和座は公演にむけて全力になります。
基本的には週2の練習日、週1の稽古日になってきておりますが…時間はいくらあってもたりません。

その中でも…
日曜日の稽古は非常に盛りだくさんでした☆☆

いろいろと盛りだくさんではありますが…
今回の稽古のメインはやっぱり『通し』であります。
音も入れて、どんどん通しております!!!
作品はどんどん練り上がってきております!

座員のツィートにも充実感や試行錯誤が見ていただけます!!

まだまだ練ります!

座長が申しておるとおり。
現状を守る稽古ではなく、常に挑戦する稽古。
気付いたものをまた次に活かす稽古。
そうした稽古を繰り返し…作品をどんどん練って参ります!!!

そして☆盛りだくさんのひとつ。

梨沢が準備したケーキ。
座のいちご姫こと、松井ともみのお誕生日のお祝いです☆☆
出演者、稽古場に遊びにきてくださった林さんにもお祝いいただきました☆ありがとうございます♪♪

通し!通し!通し!
そして、いろいろと気付く。
そして消化し、自分の中で更に練り上げて…
次もまた通し!通し!通し!です♪

劇団新和座ネクストチャレンジシアター『王女メディア』
公演の詳細はこちらから御覧ください♪♪
是非、皆様、ご来場ください!!!


台詞と台詞の間に。

よくお芝居をしていると…「サブテキスト」という言葉を聞きます。一体サブテキストとは何なのでしょうか。 行間を読むとも言いますし、行間を創るとも言ったりします。一体サブテキストとはなんなのでしょうか。

 

サブテキストとは…

台本には色々な事が書いてあります。

登場人物の台詞はもちろん、ト書きの中には登場人物の行動や心理状態、物語の時代や舞台設定なども書いてあります。しかしながら、台本には全てが書いてるわけではありません。

物語が始まって終わるまで登場人物の一挙手一投足が書いてるわけではないのです。

しかし、舞台上で登場人物は常に’何かをして’生きています。つまり、俳優は台本に書いていない事も創る必要があるわけです。その書いていないことを自分で想像して創造していく、これの元になるのがサブテキストです。

 

芸術に答えはない

ぼくは「芸術に答えない」と考えています。これは…例えば同じ物語を10人のお客様がご覧になったとして…その10人のお客様が100%、欠けることなくご満足されるという事はない、と言う意味です。

もちろん、お芝居にはセオリーはもちろんありますし、より多くの人が納得し、満足する事も当然あります。しかし、それでもそれは答えではないとぼくは考えています。この「芸術に答えない」という話はまた別の機会にするとして…今回の「サブテキストを読み込む目的」というのは…この答えに少しでも近づく為の謂わばヒントです。

先ほどの例でお客様が100%満足しないまでも、役者(演出も)がお客様に自分たちの姿を見てもらって、より多くの納得を得るにはどうしたら良いか。
より多くの説得を得る為にサブテキストを読み込む、創ることは欠かせない行為です。

 

源泉はイメージ

演技は…色々な技術・技法はもちろんありますが…源は役者さんがイメージする事です。イメージしたことが台詞となり、動きとなってくるのです。つまり、このイメージがぼんやりしていたらぼんやりとした演技に、詳細であれば…生き生きとした演技になってきます。

つまりこのイメージを膨らませるために、サブテキストを読み込む、時には創るのです。イメージを詳細にするために、ト書きには書いていないこと、台詞には書いていないことを読み込む必要があるのです。

 

サブテキストはどこに?!

では一体どうやってサブテキストを作っていければいいのか。 詳しい創り方はまた別の記事で書きたいと思いますが…サブテキストの創り方、読み方の根幹は…「台詞」と「台詞」の間、「台詞」と「ト書き」の間、「ト書き」と「ト書き」の間を補完する、補うことにあります。

最初にも書きましたが…役は舞台上で生きています。ですので常に舞台上で何かをしています。しかし、その役の一挙手一投足を台本に書いていたら膨大な量になってしまいます。ですのでその書いていない部分を補うわけです。

例えば相手役の台詞を聞いている時の自分の役の表情、動作、息づかい・・・次の自分の台詞を喋る前の動作・表情など…台本に書いていない情報を台本から読み込むこと、これがサブテキストの基本だとぼくは考えています。