平成29年12月3日のお稽古☆コントロール

次期公演のための準備期間の稽古もあと少しです。次回か次々回には公演台本を元に稽古を進めていく予定なのですが…台本の稽古でなくても、やはり、学ぶべき部分、気付いた部分、やってもやり足りない部分、出来ない部分、出来た部分…たくさんの結果が出てきました。

 

コントロール

お芝居で大事な要素の一つに、”コントロールする”ということが挙げられると思います。これは自身の身体もそうですし、その空間もそうですし、相手役にもそうですし…自由自在にコントロールできることは役者さんに求められる能力の一つだと考えています。
と言いますのも、台本には自分の台詞も相手の台詞も書いてあります。
しかし、その台詞は・・・はじめて言った言葉ですし、はじめて聞いた言葉なのです。ですから、相手役に”こう考えてほしい”と思いながら喋ったり、相手役が”こう返してくるんじゃないかな”と役として無意識のうちに考えていると思っています。リアルな人間の間でもそうであるように。
ですので、相手をコントロール、操作する、というよりも影響を及ぼすと言ったほうがいいでしょうか、そういう効果も考えて台詞を喋ることも大切な要素の一つだと考えています。

 

例えば…

喧嘩や議論をしているシーンがあるとします。一方は他方を言い負かせよう、論破しようと必死になります。また言われている方も自分の正義を貫きます。台本上では、最後までお互いが平行線をたどるとしても、この二人はお互いに・・・相手が「あ、わかった。すまん」という言葉を引き出す為に必死になるわけです。
ある時は身振り手振りを加え、ある時は視線を強く、ある時は声を張り上げて・・・。
台本上には確かに言い合いになっていますが・・・この2つの役は、その一瞬、一瞬で相手を負かせようと必死なわけです。議論が長く続くようにしゃべっているわけでなく・・・
こうした影響をお互いに与え合うことこそがお芝居だと考えています。

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お稽古の後は・・・

今日はこうした、影響を与え合う、ということを稽古しながら行いました。
その稽古の後は・・・
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忘年会を行いました☆☆
もちろん、年内の稽古はまだまだあります!が。久々に皆でお食事☆色々なお話で盛り上がりました♪♪アーティストクルーの野川さんにも来ていただきました♪♪
今年は新入劇団員も増えて、話題にも事欠かない新和座。次期公演も含めて、みなさま、ご期待ください!!!

今日からの1週間。また素敵な笑顔が降り注ぐ1週間でありますように。
演出部武藤でした。


身命を賭して

▼よくぼくは「一生懸命やったんですけど、ダメだったんですよね」という言い訳をする。
けっこう良い大人なんですけれどもね。言い訳をしてしまう時が多い。

 

▼ぼくがお芝居をやっている目的はここには書かないけれども、確かにある。この目的だけはブレることはないと思っている。けれども・・・結果言い訳をする時がある。

 

▼「一生懸命やったんですけどね」と。そして一人になった時にもう一度考える。「本当に一生懸命やったのか」「努力を尽くしたのか」と・・・

 

▼人間は失敗をする。ぼくはよく失敗をする。でも「やらなきゃ良かった」「言わなきゃ良かった」ということはあまり思わない。対外には「やったんですけれどもね」とカッコつけて言い訳をする。しかし、失敗をした時に・・・本当に一生懸命やったのか。一生懸命やった方向は間違っていなかったのか。そもそも向いていたのか。と言ったことを考える。

 

▼他人にカッコつける為に自分と闘うことを避けてはいなかったか。自分の保身の為に他人と闘う事を避けたんじゃないだろうか。こうした思いが一人の時に心の中に響く。

 

▼もちろん、お芝居をしていたりモノを書いていたりなどなど仕事をしている時は夢中だ。ありがたいことに仕事を頂けている。しかし、その仕事の量にかまけて、自分の生きる目的・お芝居をしている目的を忘れてしまっていることがやっぱりある。

 

▼一生懸命やっているのにうまくいかない、と愚痴る事もある。しかし、それでは前に進まない。本当にこの身体を心を賭してやっているのか・・・自分自身で語りかける時がある。うまくいくために自分を変えることも厭わない、やれることを全てやっているのか、と。

 

▼目的がブレればこうしたことは出来ないと思っている。生きる目的・お芝居をやっている目的という強い意志と情熱を(忘れてしまうことはあっても)常に思い出していきたい。この強い思いこそが懸命になれる基盤だ、とぼくは感じている。

 

▼自分のやり方や考え方を変えるのは怖いし、恐ろしい。しかし、目的が変わってしまうことはもっと恐ろしい。ぼくは言い訳する自分をもっと少なくしていきたい。新和座で芝居をしている以上、ぼくとぼくの仲間たちはお客様に大切な時間とお金を支払ってもらって観て頂く作品を創る上で・・・「一生懸命やったんだけど」と言い訳することなく、やれることは全てやっていく。

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平成29年11月26日のお稽古☆残心

▼いよいよ11月の指定稽古も今日でおしまい。次期公演の本格的な準備を来月から行います!

12月1日の金曜日、22時くらいから、『デスマーチ』『玩具騎士団、虹色プラネット』の原作者奏ちよこ先生とぼくのコラボツイキャスがございます☆是非、お聞き下さい♪♪

 

 

▼さてさて、今日のお稽古ですが・・・
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次期公演までに弱点を補ったり、新たな方法・技術を研く期間もあと数回ですが・・・今日は・・・自分が喋った後に相手に如何に伝えることができるか、お客様に観ていただけるか、作品としてのオーダーが果たせるかの3つの観点から稽古を行いました。
もちろん、俳優一人ひとり、やり方も考え方も得手・不得手も違いますので、方法は違ってくると考えています。
しかしながら、目的といいますか・・・相手役にどう伝え、それをお客様がどのように観ていただいけるか(もちろん、色々なご感想をあります)、作品として、どのように作り込む事ができるかを目標にして行いました。
ぼくは、この3点を考えた時に、方法はいくつもあると考えていますが・・・この根底あるのは、「思ったことを如何に相手に伝えるか、相手になんと言ってほしいか」ということを現す必要があると思います。

 

▼お芝居ではなく、実際の生活の中でも・・・「この人にコレを伝えたい、そしてこういうように返事してほしい」というのは無意識にあると思います。そうした無意識をお芝居を創る上ではサブテキストとして創り出し、台詞や動きを出していきます。そして、’役’が願った通り(予想した通り)の相手役の反応なのか、そうではないのかで次の動作(台詞・動き)につながっていきます。
こうした繰り返しがお芝居であると考えています。これらの事に立ち返り、台詞を一つ一つ動きと共に、稽古をしました☆

 

▼いよいよ次期公演の台本が届きそうです♪♪ 是非ご期待ください!
今日からの1週間、また嬉しい出来事盛りだくさんの1週間でありますように♪♪♪
演出部武藤でした☆


Never say never.

▼昨日の稽古を思い出してみると・・・今年新しく入った稲木、中原、西村が出来ることが増えてきているように感じる。これは座長以下、松井、長谷川、梨沢、いとうと共に稽古をしているのはもちろん、本人たちの努力もあるだろうと思う。

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▼もちろん、外から見れば『まだまだ』の3人だ。しかし、やり続けていくことで出来ることは増えるのは確かなことだ。やらなきゃいつまでたっても出来るようにはならない。

 

▼ぼくにも覚えがあるし、なんだってそうなんだけれども・・・やり始めた時は出来るようになることが非常に多い。何故ならば出来ないことの方が多いから。しかしある程度経験を積んでいくと・・・「出来ているように」思ってしまう事もまた確かで・・・出来るハードルというか出来なきゃいけない事の難易度、壁が高くなっていく。

 

▼これはお芝居に限らず・・・文章を書くことも・・・麻雀も・・・車の運転も・・・バイクの運転も・・・ゲームも・・・パズルも・・・学問も・・・

 

▼しかし、それに初めて触れた時も今も難易度は違うかもしれないが・・・常に壁は立ちはだかっていて・・・今は簡単に思えることも、振り返れば当時は難しいと感じたはずだ。

 

▼人間は・・・いやぼくは、慣れれば慣れるほど・・・やることに対して新鮮味というか、挑戦する心を忘れてしまう。だから、「出来たつもり」になってしまうことが多い。昨日の役者たちを見て、新たに挑む心、そして、自分自身で出来る事を増やそうとする思いに触れ、気を引き締めた。
使い古された台本や使い古された作品の中にも必ず新しい発見はあるはずなんだ。しかし、挑戦することをしなかったら、その新しい事、発見ができないとは言わないが、少なくなると感じた。

 

▼新人たちもそうだが、他の座員も次期稽古への準備の稽古に新たな挑戦をしている。ぼくも負けずにしていこう。
できないなんていわないで。


平成29年11月19日のお稽古☆ながら。

▼歩きスマホは非常に危ないですし、反対です。ついこの間…あまり交通量の多くない交差点でしたが…女性が歩きスマホで歩いてきて左右も確認せずに…そして、横断歩道に立ち止ってしまい、スマホを操作。危なくて仕方ないです。

また別の日は、横断歩道を渡りながらスマホを操作。信号が赤になってもまだ渡りきれておらず・・・もちろん、何か身体が不自由だったり歩くのが遅かったりする場合はこんなには言わないのですが・・・スマホを操作している、という理由は本当に危なくてしょうがないです。左右も見ずに・・・・

 

▼さて、本題。今日のお稽古ですが・・・「◯◯しながらしゃべる」という事を研究しました。

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昔、ぼくは演出家の先生から言われた事があります。
「ヒヨッコのくせに、泣きながらしゃべってんじゃねぇ」
と。

よく脚本中に食べながら・・・飲みながら・・・笑いながら・・・泣きながら・・・・セリフをしゃべりながら、そういった行動をとる場合があります。

「~しながら」しゃべるというのは結構難しいもので、泣きながらしゃべったりすると、何を言っているのか聞こえない場合があります。その場面の際、泣いているところを際立たせたいという表現の意図であれば良いのかもしれませんが、物語の重要な台詞などをしゃべっている時であれば、それは伝わるものも伝わらないあろうかと思います。

 

▼こんなときは「~ながら」をやめて「~してから」と思い直して台詞をしゃべると比較的しゃべりも聞き取りやすくなるかと思います。先ほどの例で泣きながら喋るとき、充分に気持ちをつくって、思い切りまずは泣きます。そして、泣ききってから、台詞を喋るわけです。表情も台詞も『泣く』という感情が露になっていることだと思います。ただし、思い切り泣かなければなりません。

同時にお稽古中にこうした「してから」の訓練を積んでおくと、次第に「~しながら」のお芝居が身についていくと考えています。

 

▼今日のお稽古はそんな「◯◯しながらしゃべる」ということを意識しながらやっていきました。そうするとやはり、喋る内容も喋り方も変わってきます。普段の生活の中でもこうした「◯◯しながらしゃべる」ことがほとんどだと思います。だから出来ないことはないとは思うのですが・・・こと舞台でお芝居をするとなるとお客様に見て頂き、聞いて頂く必要があります。台本を持たないお客様に。ですので「◯◯しながら」も大事に「しゃべる」も大事にする為に、方法を研鑽し稽古いたしました!

 

▼今日は稽古場ご見学の方も見えました!新和座では現在、稽古場見学ご希望の方を募集中です。TwitterのDMかメールにてお問い合せください☆
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▼お芝居の中では「◯◯しながらしゃべる」を大切にしますが・・・歩きスマホはやめて頂きたいと強く思っております!

今日からの1週間、また楽しい出来事盛りだくさんの1週間でありますように☆
演出部の武藤でした!


あなたはトリガーの引ける役者ですか?!

▼『トリガー』つまり引き金の事です。
ぼくは”引き金が引ける役者”ってとっても素晴らしいと常々感じています。

 

▼役者さんは…特に始めたばかりの方々は、先輩や演出家や監督の言うことで頭がいっぱいになってしまって、それをこなすことに集中してしまうかもしれません。もちろん、それらを素直な気持ちで聞き、実践し、お芝居として表現することはとても大切なことです。しかし、いつまでも”始めたばかり”の気分でいたら、いつまでたっても上達しません。

 

▼その一つがこの”トリガーが引けるか”ということです。
何も拳銃を用意して、先輩や演出家を狙うわけではありません。(ぼくの事を撃ち殺したい、と思っている人は座の中にも外にもいそうですが…)そうではなくて、”自分が契機”となってお芝居ができる役者さんは素敵ですし、その俳優さんが出るお芝居、稽古場は締まると思います☆
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つまり、出されたオーダーはもちろん、自分が”きっかけ”となって、共演者やスタッフをも動かすことができる役者さんって素晴らしいと感じています。自分勝手に動く、という意味ではなく、自分から契機となり、行動できる役者さんはスタッフからも共演者からも信頼を集めます。

 

▼人間ですから…言われたことをやっていた方が楽ですし、それで何もダメな部分がなけくそつなくこなせていれば…それはそれで良いかもしれません。しかし、オーダーされたことはもちろん完遂しそれ以上の成果を出すために、自分自身で考えて動くことで個人としても組織としても視野が広がると考えています。

 

▼これには・・・周りの人をよく見て、聞いて、感じる事が必要であって一朝一夕ではできないとと思っています。自戒を込めて書けば…ぼくらは”トリガーの引ける役者、演出家”の集団を目指したいと考えています。


人物を創る。

▼役作りをする上で色々な要素があると思います。台詞やト書きをヒントに喋り方や仕草なんかも想像して創っていきます。

 

▼台詞やト書きだけは与えられた一つの素材であります。その素材から、そのキャラクターの背景や心理状況などを想像して、創っていきます。

 

▼しかしここで、見落としてはならないのは…台詞やト書きだけでは創れない、ということなのです。自分の台詞やト書きはもちろん、相手役の台詞やト書きにも役作りのヒントはありますし、台本に書いていない部分は自分自身で補完することもありますし、むしろ、そうした補完する情報の方が多い場合もあります。

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▼服や髪型、メイクは役作りの一つにしか過ぎません。服を着て、お芝居用の声(これはまた別の時に書こうと思いますが…お芝居用の声なんていうのはないと思っています。)を出して、髪型をセットして、小道具を持てば、役になれるか、と言ったらそうではない、と考えています。
もちろん、服や髪型、メイクは役に向き合う為には必要です。しかし、きっかけの一つでしかありません。
お芝居は、台詞を暗誦し、決められた動きをし、メイクや服、髪型を決めてお客様に観ていただくものはない、と考えています。

 

▼”人物を創る”という行為が抜けていると役作りだとはぼくは思えないのです。つまり、普段の生活、自分自身を考えてみても。髪型を変えても(今も変えられるんだぜ☆)、メガネを変えても、服を変えても・・・自分という人物がブレるわけではありません。自分のモノの考え方、自分のやりたいこと、やること、自分の生活・・・が変わるわけではありません。
変わる時は・・・環境が変わる時だと感がています。例えば話している相手が親しい人なのか、初めての人かによっても変わりますし、おしっこを我慢している時とそうでない時でも変わると思います。

 

▼服や髪型、持ち物が変わっても役の本質が変わってしまっては本末転倒ではないでしょうか。もちろん、衣装が変わる理由が、”環境”に依存するのであればその限りではないと考えますが・・・役自身の基盤というか考え方、役の生活がブレてしまってはいけないと考えています。

 

▼役作りというのは・・・台本という与えられた素材からイメージを膨らませて、そのキャラクター・役という『人物を創る』行動だとぼくは考えています。