オチのないはなし

何気なくニュースを見ていると、もうクリスマスケーキ商戦の話題が。
確かに、十月から予約が開始されるということはもうクリスマスケーキがどんなものかはとっくに決まっているわけで。
はああ。まだ暑いのにね。
最近は、クリスマスがやたらと多くないですか? とか、そんなことばかり話し合っています。
月一もクリスマスいらないよ! と。月一もないけれど、本当にそんな感じにクリスマスが巡ってくる。一年の流れがはやいです。

 

気付けば夜の散歩でも聞こえてくるのは虫の声。すっかり秋。
道端に生えてるススキ。去年駅前の花屋で一本八百円で売られていてぎょっとしたっけ。と、くだらないことを思い出してしまいました。
道端で見かけるだけで我慢してます。外の風に吹かれてさらさらしている様が好きです。
家に飾ってあってもいいのですけれどね。
仙石原で見たススキはそれはそれは美しかったです。夕日で黄金色に輝く一面のススキ。
こういうものはやはり実際にその場にいかないのだめですね。言葉で言えば月並みな感想しか出てこなくてとても残念です。
車で行くとそう遠くもないので、たまに行きますがいつまでも忘れられない景色のひとつには違いないです。

 

九月になっていたけれど、ようやく金魚を見に行ったりもしました。
涼やか。
福島で偶然見ていたけれど、改めて。沢山の種類がいますね。優美だった……。金魚ファンがいるのもわかります。
ただ金魚を見るだけじゃなく、音と光で見せているのが印象的。
金魚はただ金魚を見ているだけで美しいのに。
ただ途中から金魚を見てるのか人を見ているのかわからなくなって、半分くらい意識が遠くへ。
わたしはこういう集中力がないようで。
人にぶつからないようにとか、足を踏まないようにとか考えているうちに何を見ているのかわからなくなる。
それにしても器用な人が多く、上手く空気を読みながら交代に絶妙なタイミングで写真のシャッターを切っている人を見ていると自分がとても不器用な人間だと教えられている気がしてしまいます。
阿吽の呼吸並です。それにしても、こう同じ場所にどれだけの人が集まっているのかわかりませんが、同じものを全く知らない人が写真に写しているのだと思うと不思議な気持ちになります。スマホにカメラもついていて、常に誰でもカメラを持ち歩いているような状況。
特に何も考えず、なんとなく写真も撮ってみるけれど、その後その写真をどうするかは、たまに持て余してしまいます。
大きな渦に自分でもわからないうちに巻き込まれて飲み込まれているような、そんな感じがしなくなくもなく。
とても不器用なのに、同じようなことをしているとできていないのに無理して頑張っているような痛々しさを感じ、誰にというわけでもなく謝りたくなり……。

 

金魚を見ていたはずが謎の心理状況。いけない、人に揉まれすぎた。冷静になろう。と、思い直し。

 

外へ出たらすっかりランチも終わっていたので、デパートの人がまばらなレストランフロアをうろうろして空いているお店で洋食を食べて帰りました。
普段は外を歩いているから、大分上から同じ場所に留まって外を眺めているとどこか違う世界に来た気がしてしまいます。
高速道路を見ているのは結構好きです。遠くから来た車がどこへ行くのか想像する。あてのない感じがいいのです。
昼でも夜でもない中途半端な時間にそんな風景を見るのは久しぶりで、気が抜けました。

 

変なお休みだったなあ……。

 

散歩をサボらないためにたまにあえて図書館で借りる本、を返しに行ったある日の夜。
何度行っても閉館時間が覚えられなくて、結局いつも行く前にホームページを確認してしまう。
その日も調べて行ったのに、図書館は真っ暗で。
ちゃんと見たのに、そもそも見間違えていたことに気付いてひとりで恥ずかしくなりました。
見ていたくせに見間違えるとか……。だめすぎる。
ひとりでもくもくと歩いていたら帰ってきた時には汗だくでした。
微妙な恥ずかしさを速度で誤魔化す。

 

次の本が借りられなかったな……。
部屋の中にはまだまだ読んでいない本が山のように積み重なっているのに。

 

そんな締まりのない週だったので、話にまとまりがありません。
おちのある話を心がけていますが、普通に過ごしていると普通に落ちのないのが実は普通だと気付く普通の生き方でした。
芝居で必要な日が来るかもしれない……というのが癖ですが、気を緩めればさらさらとしていて何も残らないものですね。
来週はまた、拾える日々に戻らなければと気持ちを切り替えて。

 

でもたまには頭を空っぽにするのも悪くないものです。
では皆さま、素敵な週末をお過ごしください。


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